エンディングノートは、もしもの時に備えて「私の情報」と「私の希望」を家族に分かりやすく伝えるためのノートです。法的効力を持つ遺言書とは役割が異なり、医療・介護・連絡先・デジタル情報・葬儀やお墓の希望・家族へのメッセージなど、暮らしの実務を支える情報を1冊に集約します。
この記事では、最短で始めるためのステップとテンプレート、遺言書との違い、書き方のコツ、メッセージ例文、保管と更新の方法までを丁寧に解説。今日から「空欄のままでもOK」で、一度書き始めることが最大の前進です。
エンディングノートとは(目的と効用)
エンディングノートの目的は、家族の負担を減らし、本人の価値観を見える化することです。病気や事故、災害などで意思表示が難しくなった時、連絡先・手続き・日常の細かなことまで記しておくと、家族は判断に迷いにくくなります。本人にとっても、人生の棚卸しや生活情報の整理が進み、安心感が高まります。
形式は自由で、市販のノートや自作のテンプレート、デジタルツールでも構いません。大切なのは「見つかる場所に、最新の状態で」置かれていること。完璧を目指して手が止まるより、まず骨組みだけでも作って運用し、少しずつ充実させる方が実務に役立ちます。
誰のためのノート?
将来の自分と家族のためのノートです。自分が望む医療・介護、葬儀の希望、財産や契約の所在、ペットの世話まで、「私の代わりに動ける情報」を残すイメージで書きましょう。
遺言書との違い(法的効力・役割の比較)
遺言書は法的効力を持つ「財産の分け方等を指定する文書」です。一方、エンディングノートは法的効力は原則なしで、生活実務や希望・想いを伝える役割が中心です。したがって、財産配分や遺言執行者の指定などは、エンディングノートではなく遺言書で定めます。
両者は対立関係ではなく補完関係。遺言書に書けない背景や想い、医療や葬儀の希望、連絡網、ID一覧などはノートで補い、法的に重要な配分や権限は遺言書で明記する——この二本立てが現実的です。
エンディングノート×遺言書の使い分け表
項目 | エンディングノート | 遺言書 |
---|---|---|
法的効力 | 原則なし(家族の判断材料) | あり(方式を満たす必要) |
主な内容 | 医療・介護の希望、連絡先、ID/パスの管理方法、葬儀・お墓の希望、メッセージ | 財産の承継、遺言執行者の指定、特別受益や遺留分配慮など |
更新頻度 | 自由(年1回以上推奨) | 変更は再作成が基本 |
開示タイミング | 必要に応じて共有可 | 相続開始後の根拠 |
まず埋めるべき7大項目(テンプレート)
エンディングノートは全ページを一気に埋める必要はありません。最初の一歩として、家族が最も困りにくくなる7項目から埋めましょう。各項目は箇条書きで十分。思い出したら追記していけばOKです。
下表は、最低限のテンプレートと書き方のヒントです。コピーして自分のノートに貼り付けて使ってください。
項目 | 最低限の記載 | ヒント |
---|---|---|
①連絡先リスト | 家族代表・かかりつけ医・勤務先・親友・菩提寺/宗教者 | 優先順位と電話/メールを1ページに |
②医療・介護の希望 | 延命治療の考え、療養場所の希望、既往歴・服薬 | 「第1希望/条件付き可/不可」で明確化 |
③資産の所在 | 金融機関名と支店、証券、年金・保険の番号 | 残高は書かず「所在と手掛かり」を中心に |
④デジタル情報 | 主要ID、二段階認証の連絡先、端末の解除方法 | パスワードは別紙/管理アプリ、保管場所のみ記載 |
⑤葬儀・お墓の希望 | 形式(家族葬等)、宗教・司式者、連絡先、会場の希望 | 「やりたいこと/避けたいこと」を一行で |
⑥住まいと日常 | 合鍵の場所、公共料金・サブスクの一覧 | 契約番号と解約窓口を並記 |
⑦メッセージ | 家族・友人・仕事仲間へ一言 | 短文でOK。感謝とねぎらいを中心に |
書き始めのコツ
各項目を「3行だけ」でスタート。空欄があっても構いません。まず骨組みを作り、後日追記していく運用に切り替えると続きます。
医療・介護の希望(リビング・ウィル/ACPの書き方)
医療・介護は家族の負担が最も大きくなる領域です。リビング・ウィル(事前指示)やACP(人生会議)の観点で、希望と条件を書き分けると、現場が動きやすくなります。例えば「在宅療養:夜間往診が受けられるなら可」「痛みのコントロールを最優先」など、条件付きで表現します。
また、代理意思決定者(キーパーソン)を第1候補・第2候補まで記載し、連絡先を明示しておきましょう。迷う項目は「保留」と記すだけでも効果的です。大切なのは、判断の軸(生活の質/苦痛最小/家族の負担)を書いておくことです。
具体記載の例
延命治療:不可(回復見込みがある短期の点滴は可)
療養場所:第1希望 在宅/第2希望 病院一般病棟
キーパーソン:長女◯◯(携帯◯◯)→不在時は長男◯◯
デジタル遺品・ID管理(安全に伝える工夫)
ネット銀行、証券、SNS、写真クラウド、サブスクなどのID・二段階認証・課金情報は、所在が分かるかどうかが分かれ目。エンディングノートには「サービス名・ログインID・連絡先・管理方法」を記し、パスワードそのものは書かずに保管場所のみ記載しましょう。
管理アプリ(パスワードマネージャ)を使う場合は、マスターキーの保管方法(シークレットキー・復旧コード)と、受け渡し手順を別紙で。端末ロック解除のヒント(例:連絡先に家族)も、セキュリティと実務のバランスを取りつつ最低限残しておきます。
ID台帳テンプレ
サービス名/ID(メール)/二段階認証先/解約窓口URL/備考
資産と契約の「所在メモ」(金額より場所)
エンディングノートの目的は「家族が迷わないこと」。金額やパスワードではなく、所在と問い合わせ先を中心にまとめます。通帳・証券・保険証券・年金関係・不動産書類(登記事項証明書・固定資産税通知書)など、保管場所と担当窓口を1ページで俯瞰できると強いです。
また、公共料金・携帯・各種サブスクの契約一覧を作り、代表メールアドレスと引き落とし口座を記載。解約優先度(すぐ解約/様子見)を付けておくと、家族が手順を組みやすくなります。
契約一覧テンプレ
サービス/契約者名/契約番号/問い合わせ先/支払方法/解約期限
葬儀・お墓・供養の希望(最小限の指示で十分)
葬儀の形式(家族葬・一般葬・一日葬・直葬など)、宗教・司式者、会場の希望、予算感、香典や供花の受け取り方針(辞退有無)を、箇条書きで一行ずつ。どれも「希望」であり、状況に応じて家族が調整できる余地を残す書き方が現実的です。
お墓や埋葬の希望(一般墓・納骨堂・樹木葬・散骨・永代供養)も、希望とNGを1行で。永代供養の契約有無、菩提寺の有無・連絡先、戒名・法名の希望などもメモしておくと手続きが早まります。
希望の書き方例
形式:家族葬/宗派:浄土真宗/司式:◯◯寺 住職◯◯/香典:辞退
埋葬:納骨堂(駅近・屋内)を第1希望、樹木葬も可(合祀時期は家族判断)
家族に想いを伝えるメッセージ(例文とトーン)
メッセージは長文である必要はありません。感謝・ねぎらい・許し・お願いの4要素から、各1〜2文で十分に想いは伝わります。誰に宛てるか(家族全員/配偶者/子ども/友人/職場)でページを分けると読みやすくなります。
未来に向けた提案(家族の健康・学び・団らん、相続で争わない約束)も数行で。言葉に詰まる場合は、具体的な思い出を1つ書くと自然な文になります。
短文テンプレ(コピペOK)
- 家族へ:いつも支えてくれてありがとう。あなたたちが笑顔でいられることが私の願いです。
- 配偶者へ:長い間一緒に歩いてくれてありがとう。無理をせず、助けを借りながら過ごしてください。
- 子へ:自分の人生を楽しんでください。失敗しても大丈夫。あなたを信じています。
- 友人へ:楽しい時間をありがとう。私のことは笑って思い出してくれたら嬉しいです。
ペット・仕事・地域コミュニティの引き継ぎ
ペットの飼育方針(食事・病院・保険・預け先候補)や、職場・事業の緊急連絡先、預かり品・借用物の返却先など、小さな未解決を残さないことが、家族にとって大きな助けになります。個人事業者は、請求書の発行・取引先の締め日・クラウド会計のID情報の所在も明記を。
地域の役割(自治会・PTA・ボランティア)やサークルの連絡先も、引き継ぎの窓口を1行で記すと、周囲に迷惑をかけにくくなります。
ペット情報テンプレ
名前/年齢/かかりつけ病院/フードと量/持病/保険/預け先第1・第2候補
保管・共有・更新(見つかる運用に)
ノートは耐火・耐水性の場所(自宅の金庫・防災ボックス等)に保管し、家族代表に所在を共有。デジタル版はPDF固定にし、ファイル名に日付(例:EN_2025-09-06.pdf)を入れ、旧版は削除して最新版だけにします。写真や重要ファイルはクラウドと外付け媒体の二重化が安心です。
更新は年1回(誕生月)+変化時が目安。更新チェックは「連絡先・医療・資産・契約・ID・メッセージ」の6点に絞れば10〜15分で終わります。家族との共有ミーティングを年1回15分だけでも持つと、効果が大きくなります。
共有のしかた
所在のメモカードを財布やスマホに保存(「エンディングノートあり/保管場所◯◯」)。家族グループチャットの固定メッセージに、保管場所と更新日を記録しましょう。
今日から始める3ステップ(5分で骨組み)
完璧主義は禁物。下記3ステップで5分だけ使って、骨組みを作りましょう。最初のハードルを下げると、その後の追記が進みます。
スマホのメモでも紙のノートでもOK。タイトルを「エンディングノート(初版)」として、日付だけは必ず入れてください。
- 家族代表とキーパーソンの連絡先を3件書く
- 医療・介護の希望を各1行(例:「痛みの少ない治療を優先」)
- ID台帳の表紙(管理方法・保管場所)だけ書く
次の一歩
翌週までに「資産の所在」ページを1枚、翌月までに「葬儀・お墓の希望」を1枚、というように締切を小分けにしましょう。
よくある失敗と回避策
よくあるのは、パスワードをノートに直接書いてしまう、所在が誰にも伝わっていない、古い情報が残り続けて混乱を招く、の3点です。パスワードは“保管場所のみ”、所在は代表者と共有、旧版は破棄という3原則で回避できます。
また、思いが強くなりすぎて「指示が多すぎる」ノートも、家族の負担増につながります。希望(優先順位)を示し、最終判断は家族に委ねる一文を添えておくと、現実との折り合いがつけやすくなります。
追記のルール化
追記日はページ上部に「更新:YYYY-MM-DD」で統一。更新理由を一言書いておくと、読み手が変更意図を理解しやすくなります。
サンプル:章立て目次(コピー可)
以下はそのまま目次として使える章立て例です。章ごとに1ページが基本。空欄のままでも構いません。
1. プロフィール/2. 連絡先/3. 医療・介護の希望/4. 代理意思決定者/5. 資産の所在/6. 保険・年金/7. 不動産/8. デジタル情報/9. 仕事と事業/10. 契約とサブスク/11. ペット/12. 葬儀・お墓の希望/13. 思い出の品の扱い/14. 家族へのメッセージ/15. 保管場所と更新履歴
印刷時のコツ
各章をA4横で印刷し、ファイルに挟むと差し替えが容易。表紙に「最新版のみ保管」と明記しましょう。
よくある質問(FAQ)
エンディングノートの始め方、遺言書との違い、デジタル情報の扱い、保管・共有・更新のコツなど、実務で迷いやすいポイントをQ&Aで整理しました。
Q1. エンディングノートと遺言書の一番大きな違いは?
遺言書は法的効力があり財産配分などを確定させます。エンディングノートは法的効力は原則なく、医療・介護やデジタル情報、連絡先、葬儀の希望、家族へのメッセージ等を伝えるための実務ノートです。
Q2. エンディングノートだけで財産の分け方を書いても大丈夫?
原則NGです。財産配分や遺言執行者の指定は遺言書(自筆/公正/秘密)で行い、ノートには背景や意図(付言的メッセージ)を残すのが安全です。
Q3. 何から書き始めれば良い?全部埋められません。
まずは連絡先・医療介護の希望・資産と契約の所在の3項目を各3行でOK。骨組みを作ってから少しずつ追記しましょう。
Q4. パスワードはノートに書いて良い?
推奨しません。ノートには管理方法と保管場所だけを記載し、パスワード自体は別管理(パスワード管理アプリや封筒分離)にしてください。
Q5. 紙とデジタル、どちらが良い?
両立がおすすめ。紙は家族が見つけやすく、デジタルは更新が容易。PDF固定(ファイル名に日付)+耐火保管・クラウド二重化で冗長性を高めましょう。
Q6. 更新頻度の目安は?
年1回(誕生月)+変化時。ページ上部に「更新:YYYY-MM-DD」を追記し、旧版は破棄または上書きして最新版だけ残します。
Q7. 家族にどこまで見せるべき?
所在・連絡先・医療介護の希望は共有推奨。資産やIDの詳細は、保管場所のみ共有するなど段階共有が安心です。
Q8. 医療・介護の希望はどんな書き方が良い?
「希望/条件付き可/不可」の3区分で具体化(例:延命治療は不可、短期の点滴は可)。代理意思決定者(第1・第2候補)も記載しましょう。
Q9. 葬儀やお墓の希望は細かく書くべき?
細かすぎる指示は現場負担になることも。優先順位付きの要点(形式・宗教・司式者・香典方針・埋葬希望)を一行ずつにまとめましょう。
Q10. 事業やフリーランスの人は何を追加すべき?
緊急連絡先、取引先一覧、請求・締め日、会計ソフトのID管理、預かり品・借用物の返却先、利用サービスの解約手順を必ず。
Q11. テンプレはどこまで活用して良い?
章立てや項目テンプレはそのまま流用可。自分の生活に合わない項目は削除し、必要な項目を追加してカスタマイズしてください。
Q12. メッセージが書けません。短文でも大丈夫?
大丈夫です。感謝・ねぎらい・お願い・思い出から各1文で十分伝わります。宛先別に1〜2行ずつでも効果的です。
Q13. ノートの保管場所はどこが良い?
自宅の耐火金庫や防災ボックスが現実的。所在メモを家族代表に手渡し、スマホのメモにも「保管場所」を記しておくと発見性が上がります。
Q14. 相続や遺留分の話はノートに書いて良い?
意向や背景(付言)はノートに、配分・指定は遺言書で。専門家に相談しつつ、矛盾が生じないよう両者を整合させましょう。
Q15. 今日できる最初の一歩は?
①家族代表と主治医の連絡先、②医療介護の希望を各1行、③ID台帳の「保管方法と場所」——この3つを5分で書き出しましょう。